弟子共へ。

制作は、誰にでもできる。
時間をかければ、如何ようにでもなる。
初めて作った物は、時間がかかっただろう。
改めて見なおせば、赤面してしまうくらいに恥ずかしい出来のものだろう。
それで良いのだ。

今同じ物を作れば、必ず遥かに早い時間でできる。
しかも、早いだけではなく、より繊細かつ綿密に其れはできるはずだ。

ゲームの世界では、パラメーターやらレベルと言う数値があり、上昇を目視できる。
だが、現実世界では、そんなモノは見えない。
実感していくしかないのだ。
それを実感する術は、無理だと思う事に挑戦していくこと。
果たして、それは無理なのか、めんどくさいだけなのか、そこが壁となってくる。

その壁と言うのが、SLでは大きく感じ、スランプとなりうる。
「あの人と比べると自分は出来ない」
そう思うのは、その人と肩を並べる位になってからで良い。
まずは自分と向き合い、先月の自分よりも繊細なオブジェクトを作る事だ。

メッシュにしても絵にしても、大きな物には細かなアイデアを。
細かい物にはより細やかで繊細なパーツを。

私は人がやらない程にめんどくさいモノにこそ、価値があると思う。
それは、数分でできるモノに価値がないと言うわけではない。
さりとて、5分で作れるモノよりも5時間かけて作ったモノの方が、はるかにすごいモノができるのは、わかるだろう。
ならばそれが50時間だったらばどうだろう。
だが、我々の過ごす時間は有限だ。
だからこそ、一つのパーツに費やす時間が早いに越したことはない。
一手間が増えて行く事により、完成までの距離は遠のくし、それは遠回りとなる。
しかし、一目瞭然の結果が待っている。
つまりは、手間をかける事に意義があると言うこと。

最小の構成で、最大の手間をかける。
メッシュに限って言えば、少ない頂点数で最大限に魅力をアピールする。
パーツ数を抑えるのではなく、むしろ、パーツ数は多い方が良い、ただし、そのパーツを構成する頂点数を限りなく少なく作れば良いのだ。

プリムで作ったら、Liが30になるモノが、メッシュで作ったら10で出来た。
ラッキーだぜ、うへへい。
それくらいの感覚で良いと思う。
そこから更に構成を見直し、要らない装飾を省き、代替案をぶつけ、結果的にLiが5となったとしよう。
それがLi10のモノと比較して、遜色ない出来栄えであったとしたら、それが目視できる唯一の自身のレベルである。
本来Li30であるべきものがLi5であって、なおかつ、Li30のモノよりも遥かに納得の行く出来栄えであれば、それは何よりも素晴らしい。
それこそがメッシュのメリットだと私は思う。

そしてそうなれば儲けモンで、それは誰にでもできる創作物ではなくなっている。
それが模倣される事はあっても、それは模倣品であり、独自性に欠ける。
模倣する場合は、それを凌駕する程の作品を生み出すべきだ。
そしてそれは、やはり誰にでもできる創作物ではなくなっている。

また、Li1だから素晴らしいと言う考え方は間違っている。
無価値なモノであれば、Liが1だろうとなんだろうと、無価値には違いない。
だが、Liは高いけれども、プリムで作った場合の半分以下のLiで済んでいて、なおかつ素晴らしい出来栄えである、となれば、それは価値のあるモノだ。
ただし、必要でなければ、やはり無価値である。
そして、Li1だからと言ってなんでもかんでも置いて行けば、重くなる。
重くなるのが自分だけならば良いが、共有スペースであればそれは迷惑行為でしかない。

しかし、自分にとって必要と感じて制作したものは、いつか必ずその価値を共有する誰かの目に触れる。
それがいつになるかはわからない。
だが、その時の自分にとって必要と信じて作ったのだから、それで良いじゃないか。

さて、ここからは私が最近気がついた事を記そう。

4点の平面上に十字を切ると9つの頂点数となる。
これは一見すると無駄な頂点に思うが、芯を捉える事により、崩れ方が変わる。
少ない頂点数であれば、崩れやすくなるのは道理。
特に、長尺物になればなるほど、その現象は起きやすい。
それを防ぐために描画詳細度を高くするのでは、本末転倒に思う。
その為、円柱であっても、長方形であっても、おおよその中心に刃を入れるべきであり、それを最小限に抑えたのが十字である。
勿論、点Aから点Bまでの距離が均等である事が望ましい。

4点で済むモノに50も100も費やすのは愚の骨頂でしかない、と言うか、それはテロ行為だ。

と、巨匠ぶって綴ってはみたものの、私とて未だ修練中の若輩者であるがゆえ、間違いも多い。
なので上記の一切は、私の戯言として心の片隅に置くに留めてもらいたい。

そして最後に弟子Sに伝えたい。
キミの持ち味は、わけのわからないこだわり。
一見すると不要とも思える部分への強いこだわりで、そして私はその部分にものすごく惹かれる。
しかし、大きなモノになると、途端に気が小さくなってしまうのか、造形が大雑把になる。
多分、それは癖と言うか、性格の現れなのだろう。
美術には大道具と小道具があって、キミの小道具は秀逸だ。
私もファンの一人だ。
その部分をとにかく伸ばして欲しい。

できれば、大道具であっても、同じように細かなこだわりを。

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